むずかしいスポーツ力学の話を、トレーナーが分かりやすく解説するブログ。
今回から4回にわたって「足が速くなるトレーニング」というお話をします。
指導者の方はもちろん、一般のお父さんお母さんも「なるほどね~」と楽しめる記事にしますね。
「速く走れる」は生まれ持った素質か?

指導者や保護者の皆様に、まずこの点をお伝えしたいです。
足の速さを決めるのは、遺伝などの先天的要因だけではありません。
足の速さは、むしろ後天的に習得・強化できる部分が大きいです。
スポーツには「メカニクス」という考え方があります。
力学、というと分かりやすいでしょうか?
つまり力がどう働いて、物(人)がどう動くかです。
アスリートの動きも力学的にとらえる事ができます。
「スポーツメカニクス」です。
メカニクスに無理や無駄がなく、スムーズに力を伝達できれば、より速く走れるわけです。
では、走りのメカニクス獲得に必要なことは何でしょうか?
良いメカニクスを獲得するためには、3層のピラミッド構造を考えて欲しいのです。
①1階部分は、走りかた以前の、基本的な体の使い方が上手であるという前提です。
(かかとを着いたまましゃがめるか、片脚立ちがフラフラしないか等の身体要素です。)
②2階部分は「力」を上手に発揮したり、地面に伝える方法を獲得する(トレーニング)です。
(プロアスリートがトレーニングルームでやっているのは力の発揮や伝達を向上するトレーニングです)
③3階部分は、やっている競技ごとに違う「速く走る」ための技術を習得することです。
(野球のベースランニング・サッカー・バスケのアジリティ練習などです)

1階の設計に問題があったら、最上階の「技術」はとても危ういものになるのが分かりますか?
競技スキル先行で、より基本的な体の使い方が出来ない状態。
ピラミッドが逆▼になってしまします。
それはたとえば、昔の感覚でいえば「体がかたいとケガをするぞ」みたいな話です。
逆に、1階・2階がしっかりしていれば「トレーナビリティ」は高まります。
つまり故障したりスランプにならずに、沢山練習できるということですね。
ちなみに、競技によって必要なランニング技術は違いますが、根本的な「走動作」のメカニクスは共通する部分が多いです。
チームに加入すると技術トレーニングが多くなりがちですが、基本的な体の使い方も磨きたいですね。
ピラミッドの下部分を見直すと「詰まり」が取れたように走りのパフォーマンスが改善することもありますよ。
「速さ」ってなんだろう?
今日は基本的なお話しなので「速さ」についても考えてみると良いですね。
「足の速さ」って何でしょう?
- 100m走の選手にとっての速さ。
- 野球で盗塁を決めるための速さ。
- サッカーで守備→攻撃に転じる速さ。
- バスケで相手ディフェンダーをかわす速さ。
たとえば、こんなことありませんか?
「50m走だと野球部やサッカー部が速いけど、100m走になると陸上部の方がタイムが速い」
走りを考える切り口のひとつとして、加速期とトップスピード期ではメカニクスが違うんですね。
つまり技術として別物。
球技をやっている選手は、いかに最短で加速しきるかをトレーニングしています。
対して100m走の選手は、トップスピードを維持する技術を探求しているんです。
(じつは人間って、トップスピードを維持するのが難しいんです)
こんな点ひとつとっても、競技ごとの「速さ」の質と、探求すべきことは違うんです。
「基本の入り口は同じだけど、出口は違う所を目指す」といったところでしょうか。

また、刺激(合図)への「反応速度」もスポーツにおける「速さ」のひとつです。
たとえば先述2の、野球選手が盗塁を決めるために重要なことは、基本的に2つ。
ひとつは先述のとおり、速度「0」の状態から爆発的に加速し、27m(塁間)にわたって加速しきること。
もうひとつは、ピッチャーのモーション変化という刺激に素早く反応する事です。
刺激への反応速度をあげる練習は、時に、走力自体を高めるトレーニング以上の効果を発揮する事があります。

また「判断を早くする」ことも「速さ」につながります。
たとえば先述3の、サッカーの攻守の切り替えの早さ。
自陣を守っている状態から、速攻に転じ、数的有利を作り出せれば展開が有利になります。
また、攻撃終了後に自陣に戻るのが遅いと、致命的なピンチを招きます。
攻撃・守備の「スイッチ」の切り替えを練習すると、チームメンバーが見違えたよう「速く」感じることも。
特にジュニア年代では、この「スイッチの切り替え」要素の影響が大きいです。
実走タイムを1秒縮めるより、スイッチを一秒早く切り替える方が比較的容易なのです。

アジリティも「足の速さ」の一要素
先述4の、バスケで相手をかわす速さは「アジリティ」という能力に該当します。
アジリティ技術は、ランニング技術と「となりあわせの隣接分野」です。
前方方向への移動(ランニング)に加えて「方向転換」「減速・停止」「急加速」などの要素が加わります。
バスケに限らず、他の多くのスポーツでも重要です。
また、オフェンス時だけでなく、ディフェンス時にも必要な技術です。
こういったフットワーク技術の向上は、その後の動作を有利に行えるようにしてくれます 。
バスケの場合は、相手に邪魔されずにシュート動作を行えます。
テニスやバドミントンでは、より良い体勢でショットを打てます。

これが何故ランニング技術と隣接分野なのか?
それは、「自分」と「地面」のあいだの力学的な関係をコントロールする技術だからです。
なので、先述のパフォーマンス・ピラミッドの2階部分「力の発揮・伝達」が正しくできる事がとても重要。
しかし、育成年代の練習では、うまく体を使えていない選手が「こなすだけ」になっている場面が多く見受けられます。
そのアジリティ練習、選手に力の発揮・伝達を体感させられていますか?
アジリティ練習が、実際の競技パフォーマンスに繋がらない。
そんな時は競技スキル練習だけでなく、トレーナーを入れて体の使い方を見直してみるのも良いでしょう。

足を速くするトレーニングのコンセプト
少し横道にそれましたね。
しかし実際、このように、スポーツによって必要な「足の速さ」は様々なのです。
なので、スポーツで足を速くするトレーニングをする場合、最終的にどんな「速さ」に結び付けるか考える事が大切です。
なので競技や場面ごとの専門的なトレーニングは必要です。
「その競技に特化した走り方」の練習です。
しかし一方で、足の速さを向上するための根本的な体の使い方というのもあります。
それは「いかに効率よく地面に力を伝えるか」という事です。
「上手な力の発揮と伝達」を身につける事は、スポーツのパフォーマンスUPにおいて土台になります。
なので、次回(第二回)は力の発揮や伝達について解説していこうと思います。
ジュニアアスリートと保護者の皆さんに
この記事にたどり着いた方の多くは、ジュニア期の選手や保護者の方だと思います。
成長期のアスリートには、上述のような力の発揮と伝達を意識した基礎トレーニングが必要です。
スポーツの土台となる「基本的な体の使い方」が備わっているほうが、トレーナビリティが高くなるからです。
つまり、故障やスランプなく練習に励めるという事ですね。
競技の専門的な技術は、その競技専門のコーチが教えてくれます。
しかし「基本的な動作メカニクス」を教えてくれる指導者は少ないのではないでしょうか。

なので、この「基本的な体の使い方」を競技動作に結び付けるのが4回にわたる連載の目的です。
第2回目は「ランニングのメカニクス」についてになります。
「効率的に地面反力を得る」方法について解説しています。
スポーツ力学的の話を出来るだけ分かりやすく解説したいなと思っています。
どうぞ引き続きご覧頂ければ幸いです。
今回のまとめ
だいぶ長くなったので、まとめるとこんな感じです。
- 足の速さは先天的な要素ではなく、後天的に習得できる
- そのためには「メカニクス」という概念がある事を知ろう
- メカニクスは3階建てのピラミッドだと思いましょう
- 「足の速さ」にも色々な要素がある。
- 基礎的な体の使い方の習得と、競技に特化した「走り」の練習、その両方が大切。

記事作成にあたっては複数の文献を読み、一般的な知識内容男をお届けするよう心がけております。
ただしスポーツトレーニングには様々な見解があるので、ここに書いてある事が全てではない事をご了承くださいませ。
以前に書いた記事も読んで頂くと、話がより分かりやすいと思います。
お時間のある方は是非どうぞ。

この記事を書いたのは…
田中陽祐(たなかようすけ)
柔道整復師・スポーツトレーナー。にいさと接骨院×からだラボ 院長。
包帯やテーピングを巻くのが大好き。趣味はランニング、山登り。
参考にした書籍はこちら↓
- アスレティック・ムーブメント・スキル −スポーツパフォーマンスのためのトレーニング/Clive Brewer (著), 広瀬 統一 (翻訳), 岡本 香織 (翻訳), 干場 拓真 (翻訳), 福田 崇 (翻訳), 吉田 早織 (翻訳)
- ムーブメントーファンクショナルムーブメントシステム:動作のスクリーニング,アセスメント,修正ストラテジー/Gray Cook (著), 中丸宏二 (翻訳), 小山貴之 (翻訳), 相澤純也 (翻訳), 新田 收 (翻訳)
- ムーブメントスキルを高める これなら伝わる、動きづくりのトレーニング (TJスペシャルファイル)/勝原 竜太 (著), 朝倉 全紀 (監修)
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